美しき鬼2

“コホッ…コン…”

「嫌だね、お前…まさか、胸の病じゃないだろうね。」
「いえ…ちょっと風邪を引いただけで…」

女将はほとほと呆れた様に言いはなった。

「全く…とんだ大損だ。下働きをもう少しさせてからと思ってたのに、これじゃ元も取れやしない。やせっぽちでさあ…胸の病だなんて知れたら、炊事場だって任せられないじゃないのさ。くたばっちまう前に、さっさと客でも取って、借金の足しにでもしちまいな!」



美しき鬼 2 ~Beautiful Vampire 特別編~



夜のお座敷からは、にぎやかな音が聞こえる。
その音を遠くに聞きながら、閉じた瞼の奥で、絢子はいつも遠い昔を思い浮かべる。


突然現れて、目の前から消えていった男…
怪我をして動けない彼を、神社裏の洞穴で見つけ、息も絶え絶えな男の、焼け爛れたような傷跡に蓬を練って布を当てた。
やがて、呼吸も落ち着きを取り戻しただろうと思う頃、目を覚ました彼は、村の男たちの中では見たこともないような静かな瞳と、美しい顔をしていた。
自分の粥を与えたとき、“ありがとう…”と低い声で彼は言った。

生まれて初めて言われた“ありがとう”
その言葉がどんなに絢子の心を震わせただろう…。

やがて、彼の傷が癒え始め、その身を起こせるようになっても、絢子はそこに通った。木の実や野草を採り、すり潰して食した。
“長い時間を生きてきたんだ…”と彼は言い、絢子の頭を優しく撫でた。

  “……ありがとう…大きくおなり…”

次の朝、彼は洞穴から消えた。
まだ動ける身体ではなかっただろうに、忽然と姿を消した彼。その男の名は“蓮”
気落ちしたまま村に帰ると、待っていたのは地主様だった。
母はもう、戻らないと言った地主様。

なすすべも無く、奉公に出された先の女郎宿で、下働きとして働いた。
搾り取られるように働く日々。それでもその暮らしは、村の暮らしとは比較できないほどに豊かで、空腹も耐えられないほどではない。まして、今はお国の外では戦争が繰り広げられ,物資が少ない中でのやっかみもあるほど、ここは満たされている。

辛い日々の中、思い出されるのは、“大きくおなり…”その言葉だけ。

絢子は、遠い記憶の中に意識を埋めた。




ある日の夕方、絢子がお使いから戻り、勝手口に入ろうとした時、ふと視線を感じた。
絢子は女郎宿の下働きだ。当然いつかは客を取る。
若い女を値踏みするような、じっとりと舐めるような視線には慣れっこだ。
だが、その視線は違った.

なんだか懐かしい記憶が呼び起こされるような…そんなような視線…

コホッ…コホッ…
(いけない、咳が出る…)

振り返ると、背の高い軍人さんの後ろ姿が見えた。

(ああ…戦争に行くんだ…)
そんな思いで、何人かで店に入っていく軍人さんの後姿を見つめた。




その晩のこと、どこかで女の人のすすり泣く声が聞こえる。
重たい瞼を擦り、絢子は身体を起こした。
きしきしと廊下を忍び足で進んでいくと、小春姐さんが静かに泣いていた。

「姐さん…どうしたの?」
「絢…なんでもないわ…ごめんね、起こしちゃって…」
「ううん…そろそろ起きる時間だから…大丈夫?」
「ええ…大丈…夫…う…」

美しい顔にはらはらとこぼれ落ちる涙…。姉のように優しい小春姐さんがこんなに泣いているのには訳があった。

「彼が…戦争に行くの…出征が決まったそうよ…」
「………」
「お国のため…とはいえ、やっぱり苦し…」

姐さんの彼…今日来ていた何人かの軍人さん。その中の一人だろうか…。

“ここ”は、日常の舞台裏。それは戦争の舞台裏であることも同時に示す。
うたかたの享楽に満ち、刹那の快楽を与える場所。
それでも、女たちには人生があり、恋がある。人に後ろ指を指されようと、罵られようと、そこで働く女としての矜持を持っている。

絢子は黙って小春姐さんの手を握った。




翌朝、仕込みと洗濯を終えると、女将さんが絢子を呼んだ。

「お前、今日からお座敷に出とくれ。丁度お前の水揚げを探していたところでねぇ…これから出征するお方が…お前がいいって言ってくださったんだよぅ。ありがたいことだよ~うふふふ…」

嬉しそうに女将さんが笑う。絢子には拒否権すらない。
きっと、大枚をはたいて下さったお方なんだろう。

「小春が起きたら、準備を手伝ってもらっておくれ。くれぐれも、粗相がないようにおし。咳はするんじゃないよ。」
「…はい、分かりました…」

震える声で、女将さんに返事をした。

その場をふらり…ふらり…と離れると、部屋の前に小春姐さんが立っていた。すべてを理解し、絢子を待っていたのだ。

「ふっ…ねぇさ…ん…。小春姐さん…ひッく…ふぅ…」
「絢…大丈夫……」

小春姐さんは、ゆっくりと絢子を抱きしめて、その背をさすった…。


湯浴みを済ませ、小春姐さんの部屋で支度をする。
髪を梳き、結い上げ、化粧を施す。
赤い紅が白い肌に艶やかに映え、それは薄汚い衣服の…やせっぽちの絢子が、匂い立つような美しさを放ち始める瞬間だった。

「絢は…肌が綺麗ね…白くて、透き通ってて…羨ましい。」
「…………」

「心配しなくていいわ…あなたのお相手、志和様は、とても物静かで、穏やかな方…。きっとあなたに優しくしてくださるわ…。」
「…志和様…」
「そう、志和 蓮 様…海軍中尉でいらっしゃるの…。背が高くて…とても素敵な方よ。」

「それは、姐さんの…」
「いやね、違うわ…。心配しなくても大丈夫よ?」

小春姐さんは、昨晩泣いた事などなかったように、華やかに笑った。

「絢…大事にされなさいね…一晩だけでも…。きっと志和様のような素敵な男性には、もう二度と会えないわ…。あんな素敵な方が初めての相手だなんて…本当に羨ましい…。女はね、その綺麗な思い出だけで生きていけるの…。だから…絢…泣かないで?」

泣いているのは自分だけではない。小春姐さんもだ…。

それが小春姐さんの出した結論。
出征する彼との思い出を胸にしまって、これからも生きてゆくのだろう。

“綺麗な思い出だけで生きていける…”
自分も同じ…
初めて人として感謝され、己が人としてあると知った、あの洞穴の、かけがえのない思い出…。

絢子の涙を小春姐さんが優しく拭いてくれた。



(続く)
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