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美しき鬼3

「まあまあ、いらっしゃいませ、志和様!お待ち申し上げておりました~」

玄関先で、女将が機嫌のいい声を上げる。
その声を、絢子は一人、部屋で聞いていた。


美しき鬼 3 ~Beautiful Vampire 特別編~



「いらっしゃいませ…志和様…絢でございます。」

震える声で深く顔を伏せたまま挨拶をすると、静かにふすまが閉じられた。
重ねた指の先に靴下が見えるが、身体が震えて、どうしても頭が上げられない。
あんなに姐さんに挨拶の仕方を教えてもらったのに、頭が真っ白になって、畳の上で指先が震えて白くなっていく。

目の前の足がすっと移動して、膝を折るのが見えた。

「怖がらないで…」

絢子は、その声にどきりとした。
まさか…そんなバカな…

「君は…絢?それとも…俺の知ってる絢子?」

すっと手が差し出された。
大きな大きな手。
いつだったか、この手に包んでもらった。この手に撫でられる事が嬉しかった。

「…志和…様…」
「顔を上げなさい。」

ゆっくりと顔を上げると、そこに見えた顔は、10年前と寸分変わらぬ、記憶の中の美しい顔と重なる…だが、じきにその輪郭がぼやける。

「蓮…さま…」
「そう。大きく…なったんだね…」

絢子の目から溢れ出た涙が頬を伝った。







「蓮様…ご無事だったんですね…」
「うん」

絢子が逞しい蓮の胸板に抱かれ、ホッと息をする。

コホッ…コフッ…

「咳が…」
「すみません…風邪が長引いてしまって…(コフッ…)」
「無理に止めなくていい…無理をさせてしまった。」
「無理なことは何も…。あの…お膳は…」
「後でいただくことにしよう。今は、絢子とこうしていたい…」

蓮に優しく抱かれた。
労わるように、包まれるように女になった。
小春姐さんが、“大事にされなさい…”と言った意味が良く分かる。

コホン…ゴホッ…ゴホッ…

申し訳ないほど幸せなのに、胸に抱かれて咳が止まらなくなる。
もし女将さんにこれが聞こえたら、大目玉を食らう。
それを知ってか、蓮は咳が聞こえぬよう、絢子を強く胸に押し当て、布団で覆った。
蓮の胸に抱かれて目を閉じる…初めての夜は、ふんわりと心地よくて、わけもなく涙が滲んで止まらなかった。
そして、今までで一番深く眠る事が出来た夜かもしれなかった。

翌朝、蓮は「また来る…」と言い置いて、宿を出た。

その日から、蓮が来るのを待ちわびた。
無論、他の男にも抱かれなくてはならない。たとえそれが、どれほど意に沿わぬことであったとしても、一日に複数の客を取るのは、絢子の仕事であり仕方のないこと。
それでも、蓮が来る日は特別で、たった一人に時間を捧げる。
どれほど握らされたのか、女将もその日だけは文句を言うことなく、朝まで一緒にいられた。

…だが、日増しに酷くなる咳。
顔色が悪くなり、他の客の前でも咳き込んで、客足が途絶える。
次第に寝込む日が増え、店から遠ざかった。

「全く…すぐに役に立たなくなっちまって…志和様が通ってくださってなかったら、追い出すところだよ!」

今は薄暗い離れで、ひっそりと横になっている毎日。

ゴホッ…ゴホッ…
やがて、押し殺した咳に血が混じるようになり、絢子はそれを隠した。
咳が苦しくて、もう既に夜も寝付くことが出来ない。

(寂しくなんてない…悲しくなんてない…
  蓮様に抱いていただいた。これだけでもう十分…)

血のついた手ぬぐいを握り締め、忍び泣いた。



「絢…入るわよ?」

木戸の外から、小春姐さんの声が聞こえる。

「駄目…ゴホッ…姐さん、入っちゃ駄目です…ゴホッ…」
「絢…分かった…私は入らないわ。どうぞ…」

咳を隠そうと背を向けた戸口に、人の入ってくる気配がする。

「絢子…」

その声は、間違いなく蓮のもの。

「駄目…駄目です。ゴホッ…こんな所においでになっては…うつってしまいます。どうぞ、お帰…ゴホッゴホゴホッ!」
「絢子!」

血を吐く絢子の元に駆け寄り、抱きしめる。
わずかな力で、抵抗しようとするが、それももう叶わない。それほどに弱々しくやせ細った身体。

「駄目…です…」

目の前の細く流れる糸に蓮は目を伏せた。

絢子の命が細くなっていくことは分かっていた。それは、蓮が好むと好まざるにかかわらず、生気を奪っていくため。
蓮が甘い肌に陶酔すればするほど、絢子の生気が流れ込み、満たされる。
絢子の血は今まで一滴も口にしなかった。芳しい匂いが本能を刺激し、逸るほどの枯渇感に苛まれたが、それ以上に彼女の生気に溺れた。二つ同時に…それは即ち“死”を意味する。



あの日…女郎宿の店先で、懐かしい絢子の気配を感じた。

濃厚で、芳しくて、全身の毛が逆立つような魅力的な血の気配。
その喉に牙を立て、狂おしいほどの喉の渇きを満たしたい…。あの愛らしい、小さな絢子を求めたいと思うのと同時に、絢子に潜む影にも気がついた。

女将が水揚げの相手を探していると聞き、一も二も無く手を挙げた。

あの晩…ゆっくりと顔を上げた絢子は、まるで…いつか見た天女のようだった。



蓮は、血にまみれた絢子を胸に抱き、その匂いを嗅いだ。
膿んだような匂いの中に、わずかに残る頭の芯が痺れるような芳醇な香り…

蓮の瞳がスウゥッ…と赤く光る

腰のサーベルを引き抜くと、己の首に当てた。
鋭い刃に赤い血が伝う。

「絢子…口を開いて…」

意識が遠のく中、絢子が薄らと目を開ける。
半開きになった絢子の口元に、指先についた己の血を撫で付け、ゆっくりと絢子の顔を首に寄せた。

「飲んで…俺の血を…飲むんだ」
「蓮…さま…」

絢子は消え入りそうな意識の中で、蓮の血を舐めた。

“コクリ…”

それから先は、もう何も覚えてはいない…。

何日かの昏睡の末、気がつくと絢子の咳は止まった。
体も少しずつ回復し、再び客を取るまでには、しばらくの時間を要したが、それでも、追い出される心配はなくなった。



程なくして、絢子は悲しい知らせを知る。

“志和様が亡くなられた”…と。

あれから自分の知らぬ間に南方に赴き、空に飛び立った男は、海に消えたという。

そのあまりに急すぎる知らせに、不思議と涙は出なかった。



その晩、他の男に抱かれた。
身体を舐めまわす舌も、指先も、何もかも蓮と違う男。
蓮のものではないそれに、蓮を重ねて心が求め、例えようの無い渇きに、感情の見えぬ瞳が赤く光り始める。

気がつくと、絢子の下で男は枯れ果てていた。
血も、生気も吸い取れるだけ吸い取り、満ち足りた身体。

けれど…心だけがぽっかり置き去りにされたような空白。

涙が頬を伝い…悲しいほどに声を押し殺し、咆えて泣いた。



―――そして、絢子は姿を消した。

間もなく戦渦に巻き込まれた街…
人が枯れて死ぬ…猟奇的な事件はやがて人々の記憶から消えていった。


絢子の足取りは……
    
           誰も知らない。





(FIN)


9/17修正

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Comment

Beautiful Vampire劇中劇
二人のヴァンパイヤの過去が、切ないですね。
でも二人とも、ヴァンパイヤにならなければ、遠い昔に命を失い、この過去に出会うことも、遠い未来で再会することもできなかったんですものね。

ここから再会まで随分かかりましたが、未来で会ったふたりは今度こそずっと一緒に生きていけたら良いなと思いました。
  • 2016-09-19│21:24 |
  • まじーん URL│
  • [edit]
Re: Beautiful Vampire劇中劇
> まじーんさま

きっと今度こそ、ずっと一緒にいてくれると思います。ていうか、そう願いたい。
勿論、劇中劇なのでお話はここまでなんですが、ここでも蓮さんそれほどまでに好きかー…と一人でニヤニヤしていました。

ずっと一人を待ち続ける絢子も、一人で生きてきた蓮が絢子を選ぶのもそれもまた運命。
何か見えない結びつきがあるのかな。
ざっと70年の時を経て、結ばれて…自分で書いといてなんですが、純愛ですな。
  • 2016-09-20│19:57 |
  • かばぷー URL│
  • [edit]

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