ボン・ボン・ショコラ 9

蓮は、楽しそうな話し声が聞こえるキッチンに耳をそばだてた。

この空間にキョーコがいる。
そして、琴南さんと話している声が聞こえる。

それがどんなに幸せな事で、どんなに心をときめかす事か…狂おしいほどの喜びに、今更ながらこんなにも心が飢えていた事に改めて気付かされる。

(抱きしめたい…今すぐに…)

だが…まだだ。
奏江が一緒にいることでブレーキが掛かるなら、今はそれでいい。



“ピンポーン”

来客を知らせる合図に社さんだと目星をつけて、蓮は玄関先に向かった。
玄関を開けた途端、社さんは玄関先にあるキョーコの靴を見て、感慨深げに涙ぐんだ。

「やめてくださいよ。俺だって我慢してるのに…」
「…っ!すまん。ちょっと感動しちゃって…」

リビングに向かいながら、キッチンからキョーコのもれ聞こえる声を確認した社さんも、相当嬉しそうだった。

「どうしよう…凄くホッとするな。」
「………はい。」

「蓮、焦るなよ。」
「…全く、心配性ですね。大丈夫ですよ。」
「まさか、いきなり押し倒したり…」
「しませんよ!…失礼な。あんな純情乙女にいきなり手を出したりなんかしたら、瞬殺されるに決まってるでしょう。」
「そうだった、そうだった。その分ヘタレが長かったんだもんな。く~!思い出すよ。」
「ヘタレって言わないでください。ちゃんと段取り踏みますから。」
「絶対だぞ!短気を起こすなよ!」
「はい、はい。」

リビングで社さんにからかわれるのも久しぶりの事で、そのあとは二人して、黙ってキョーコの声を聞いていた。





ボン・ボン・ショコラ9





「出来た~。ありがとう、キョーコ。」
「いいえ、どういたしまして。琴…「奏江!」」

「…私のことは、奏江って呼んでいいから。…別の呼び方もあるけど…アンタにまた、会える?」

照れくさそうに目を逸らして、そう微笑む彼女の顔を見ていたら、なんだか嬉しくなった。

「はい!是非!」

そういうと、奏江は嬉しそうに出来たトリュフチョコレートを紙バッグに入れた。

「敦賀さん、終わりました。」
「あ、終わった?じゃあ、コーヒーでも…」
「いえ、遠慮します。社さん、お手数かけて申し訳ないのですが、お願いできますか?」

そういう奏江の視線の先には、サラサラヘアーの知的背広男子がいた。

「うん、大丈夫だよ。そのために来てるから。」

そして、社はキョーコのほうに、親しげな笑みを向けた。

「久しぶりだねキョーコちゃん。今の君には『はじめまして』だね。敦賀蓮のマネージャーをしている、社倖一と言います。どうぞよろしく。」
「はじめまして、最上キョーコと申します。えと…社さん?」
「うん、社です。これから琴南さんとお先に失礼するけど、ゆっくりして行ってね?じゃあ、蓮、お先に。」
「…は?」

「敦賀さん、お先に失礼します。」
「…へ?」

「琴南さん今日はありがとう。社さんもお疲れ様です。」

二人はキョーコがあっけに取られている間に、そそくさとマンションを後にした。
(え…?え…?二人…帰っちゃった…の?)



「さて…最上さん、コーヒーなどいかが?君のコーヒーには及ばないかもしれないけど。」

「え!?えと…あの…、いただきます。」
「リビングで待ってて。すぐに淹れるよ。」

そういうと、蓮はキッチンの方へ足を運んだ。
所在無く広いリビングにポツンといる間にも、さっきの蓮の言葉と奏江の行動が、キョーコには妙に引っかかった。


「最上さん、お待たせ。」

コーヒーのいい匂いが、部屋に立ちこめる。

「あの~、大変失礼な質問なのですが…」
「何?」

にこやかにこちらに笑いかける蓮を見ていると、これからしようとしている下世話な質問が凄く申し訳なく感じられた。

「あの…琴南さんは、敦賀さんとお付き合いなさっているのでは…」
「?…違うけど、どうして?」
「えっと…あの、お二人が自然な感じでお似合いなのに、琴南さんを敦賀さんが送って差し上げないのかなと、不思議に思って…」

蓮は少しだけ驚いたような顔をした。

「チョコレートも!折角美味しくできたのに…と思ったんですけど…」

蓮はゆっくり微笑むと、キョーコの質問に答えた。

「ああ、違うよ。彼女が付き合っているのは俺じゃない。琴南さんがチョコレートをあげるのは飛鷹君だよ。」
「ひおう…君?」
「そう、上杉飛鷹君。君も依然お世話になった事があるはずだよ…」
「えっ…!?上杉って、あの、上杉飛鷹?ええぇっ!?琴南さんって年下が趣味なんですか?」
「酷いな、最上さん。二人のキューピッド役を果たしたのは、君だよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・えええええぇぇぇぇ~~~っ!?」

そんなキョーコの姿を見て、蓮は眩しい笑みを湛える。

「うん、君が彼女と彼の間を取り持ったんだ。それと、社さんが彼女を送るのは、同じ事務所のマネージャーだからね。うちから出るとき、変に勘繰られるのを避けるために、マネージャーが一緒にいる。」
「そう…なんですか。」

「もしかして…気にしてくれたの?」
「え!?そういうわけでは!」

慌てて否定したものの、奏江が作ったチョコレートが蓮の口に入るのではないと知って、ホッとした。



…ホッとした?

生身の蓮を好きでいる事すら恐れ多く、こうして自宅にお邪魔する事すらおこがましいのに、ホッとするなんて、なんて不届きな事…とキョーコは自分を戒めたくなる。


なんてだいそれた質問をしてしまったんだろうという恥ずかしさのあまり、視線を外そうとしてぐるりと見渡した部屋の中。
こんな部屋に住めるのは、超人気俳優だからだろうか?
あまりにスケールが違いすぎる数々の調度品の中、ふと目に留まったサイドボードの上。

ガラスのディスプレイケースの中には見覚えのある色の箱が並んでいる。

「嘘……な…んで…?」

キョーコの視線は吸い寄せられるようにガラスケースに固定された。


「…ああ、それ。」

ガラスケースに視線を定めたまま動かないキョーコに、優しく声をかけた。

「コーヒー、冷めてしまうよ」
「あっ…!すみません」

差し出された可愛らしいマグカップには、キョーコの好きなフレンチローストのカフェオレが入っていて、敦賀さんはブラックで薫り高いコーヒーを口にした。

「いただきます。」
「どうぞ」
「あの、箱は…」
「うん、手作りと思えないほど、あまりに綺麗だから、取って置こうと思って。」

穏やかな表情をした敦賀さん。
どうして自分の作ったショコラの箱が、飾られているのか?その理由をさらりとかわされて、次の質問を聞くに聞けなくて、キョーコは黙ってマグカップに口を付けた。

「…美味しいです」
「そう?ありがとう。前回、コーヒーをいただき損ねたから、残念で仕方なかった。」
「そうですか。あの…敦賀さんは、チョコレートがお好きなんですか?」
「ん?あー…どうだろう。好きなチョコレートは限定だけどね。」

それは…どういう?
心の中では聞きたいことがたくさんなのに、思うように口に出せない。

「最上さん、コーヒー飲んだら、送るよ。」
「え?」

「コーヒー飲んだら、送る。」
「え、ええええぇぇっ!?そっ、そんな勿体ない!けけけ…結構です。お断りします!」
「嫌だな、こっちがお願いして来てもらってるのに、女の子を一人で帰すなんて失礼な事できない。それとも何?俳優・敦賀蓮は女の子を暗くなってから家に一人で返す、そんないけ好かない男だとでも思ってる?」
「めめめめ…滅相もございません!!いえ…その…男性に送っていただくなんて、そんなはしたない事…」

モジモジとするキョーコに安心して乗ってもらうにはどうしたら…
しばし、考えると蓮は切り出した。

「最上さん。もしかして、君は男性に自宅まで送ってもらうってことに、警戒してる?」
「うっ…!」

「そう、まあ普通はそうだよね。それは…俺だから?」
「えっ!!?い、いえ、敦賀さんだからってことじゃなくて!その…男性に送っていただくってこと自体が慣れていませんし、芸能人なのに申し訳なくて!」
「そう。う~ん、困ったな。送り狼になるとか思われてるんだ?心外だな。」
「や!そういうことではなくてですね…」
「じゃあ、送らせてくれるよね?」

「…………」

なんと答えていいか分からず、キョーコは絶句してしまった。

「うん、警戒するのは確かに大事だね。それが例え誰だとしても」

送ってもらう事がいやなんじゃなくて、申し訳ないだけで。
そして、それは贅沢な事だと…そう思うだけだ。

「だからこそ君を一人で帰した後、もし君に何かあったときに、俺が後悔したくない。」

ふと、真剣にそういう蓮の顔を見た。



(ずるいなぁ…そんなふうに言われたら断れないじゃない。)

「心配しなくても大丈夫。君の安全に気を配って送らせてもらうよ。だから、今日のお礼に…ね?」


キョーコはまた絶句した。
一体誰が、敦賀蓮のこんな可愛いおねだりポーズを想像しただろう。
いつも画面では、クールで格好いい敦賀さん。役者としてもモデルとしても超一流で、こんなにおねだりする大きいわんこみたいな敦賀さんなんて、想像した事もなかった。


「その…本当によろしいのでしょうか…」

「勿論だよ!」


即座に返答された言葉を受けて、キョーコは三度目の絶句をした。


だって、見えてしまったのだ。
敦賀蓮の後ろでちぎれんばかりに大きく振っている、見える筈のない尻尾が…






(続く)
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キョーコと蓮が接近

更新楽しみに待ってました‼

キョーコの記憶喪失の原因は謎ですが…。
二人が近づいたのでよかったです。

これからどのようになるのでしょうか?楽しみにしてます。

Re: キョーコと蓮が接近

> harunatsu7711さま

コメントありがとうございます。
交通事故の影響で記憶喪失になったキョコさんでしたが、ようやく辛抱の蓮さんがキョコさんに近付きましたー!!
マンションに呼び込む事ができて、ホッと一息です。
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