神の贄 四

四です。







神の贄 四




「ここで終わりにしたいのだが…お邪魔していいだろうか?」

社は占いの館に正面きって現れたヴァンパイアの気配にぎょっとした。

「んなッ…何故…ここにいる…」
「知らん…ただ彼女に会いたいと、そう願っていたらここに辿り着いた。皮肉なものだな…こう簡単に辿りつけるのならば、むざむざと仲間を減らさずとも良かったのに…。これほどの結界はなかなか張れるものではないが、これと同じものを以前見た事がある。そなたはもしかして白魔女ジュリエナの騎士…だったか?」

社はそう言って静かに語る美麗のヴァンパイアを見つめた。

「そうか…貴様はクーの一族のものか…道理で似ていると思った。」
「私は彼の息子だ。やはり白魔女の結界であったか…ならば一度迷い込んでは我等の仲間は出られまい。かの白魔女は…まだ長きに渡って眠っているのであろう?そなたはこうしてここで待っているのか?」
「ああ…そうだ。奴の息子か…皮肉なものだな。今度はまた俺が守ろうとする御方を奪いに来たのか?」
「まさか、そなたが今守っているのは『神の贄』か?」

社は警戒しながらそれに答えた。

「ヴァンパイアが『神の贄』に何用です?君たちが簡単に手に出来るものではないと知っているはず」
「そうだな、奪いに…そして果てる…か、それもまた良かろう。我らは贄に手を出しては生きては行けぬもの…だが、先に確かめたいことがある。それまでは手出しせぬゆえ、彼女に面会を希望する。」

静かだ…と社は思った。
情熱的なクーとは違い、このヴァンパイアは静かに言葉を語る。

「待つがいい。だが、邪な考えは…」
「分かっている」

社は久遠を一人残し、奥に消えた。
暫くして、濃厚な獲物の匂いが久遠の鼻を擽った。

(これ…だ。この匂いに…狂わされる…)

久遠が顔を上げたその先に見えたのは、前回街で見た時よりも大人びた、美しいキョーコの姿だった。
ドクドクと血が滾り、鼓動が早くなるのを感じる。
猛烈な飢餓感、枯渇感…のどの渇きが加速する。




「…ダメよ」


その声に、久遠は我に返った。

「ここでそんなに渇いた欲望をむき出しにしては駄目。貴方が迷子になるから…」

はっとして、久遠はしびれた指先を見た。
白く…霞がかかっているように見える。
社の作った結界に捕らわれようとしていたのだ。

すうっと一呼吸置いて目を瞑る。せめて視覚に入れまいと、久遠は己の欲望に精一杯の蓋をした。
指先の痺れが取れてきたその時、ふと額に温かい熱が灯った…

(貴方……あれからずっとどうしてたの?)

頭の中に小さな女の子の声が聞こえる。
小さな祠…小さな贄の少女…何も力を持たぬ小さな自分…
おぼろげな記憶が目の前に像を結ぶ。


「…あれから?君は…まさかあの時の…」

(緑の目の鬼さん…貴方は…どうしてここにいるの?お腹がすいたの?それとも…寂しいの?)

「君に…会いたくて…その匂いがどうしてそんなに強く香るのか…確かめたくて…」

(だって私は神の贄だもの…私は神への供物。神にしかこの身を捧げる事はできない。だからずっとあの時から一人ぼっち…貴方もそうでしょ?)

「そう…そうだ…。俺は…一人…だから…君をどうしても手に入れたい…これほどに欲しいと思った血は、いまだかつて無い…何故こうまで惹かれる?何故…君の香りはこんなに俺を狂わせる?」

そういうと、額の温もりがぽうっ…と一瞬熱くなって消えた。

眼を開けると、そこにいたのはかつての少女だった。にっこりと笑って久遠を見つめる。

「鬼さんにはこの姿の方ががいいでしょう?貴方はいつもはそんなに食事をしないのに、どうしてそんなにお腹が減ったのかしら?」
「あ…分からない。あの時も、君に初めて会ったときも無性に君の匂いが欲しかった。ねえ、本当に君は…あの時の?」
「そうよ?あの時の巫女。貴方とバッチリ目が合ったじゃない。」
「…うん、あった。」

お互いに気がついていたのだ。あの時…あの場所で…

「でも彼女は人だった。でも、今の君も…人に見える。」
「ふふ、今も人のはずよ?一応歳はとらないし、怪我もしないけれど。それにしても、相変わらず綺麗な目ね。」

キョーコはじーっと久遠の瞳を覗き込み、にっこりと笑った。

「実はあの時、結構怖かったのよ?」
「あの時…ああ、荒ぶる神が降りた日…だね?」

キョーコは僅かに目を伏せた。

「それより…ねぇ、その袋に入った変な匂いのする土…なあに?」
「これ?これは俺の故郷の土で、これが無いと眠れなくて…」
「ふうん…」

キョーコは元々久遠のポケットに入っていたその袋をまじまじと見ると、社に何か耳打ちをした。

「いいよ。キョーコちゃんの好きにしたらいい。」

社はにっこりと笑うと、あからさまに部屋に結界を張り、そこを出た。
キョーコが蓮にくるりと向き直す。

「ねえ、その袋…頂戴?」

小さなキョーコが口元に指先を当て、おねだりするように首をかしげた。
子どもの姿であるのに、あまりの色香に久遠はくらり…とする。

言われるがままその袋を差し出した途端、ゆらりとキョーコの手のひらの中で仄暗い光を放ちだしたそれ。
懐かしいような影を纏うそれに見惚れていると、突然パシッ!と大きな音とともに袋ごと青白く燃えた。


「なッ…」

「はーい!浄化おしまい!!全くもう、鬼さんこんな物をいつまでも持っているから、抜け出せないのよ。貴方の一族の妄執…呪われた血の一族…よく耐えたわね、感心するわ!」

久遠は今までそばにあった懐かしい気配が消えたことに呆然とする。

「…で、貴方、名前は?」

「……く…久遠…一体何を…」

「んー…一応私、巫女なのよね?しかも600年も生きてると、だんだんいろんな知識もついちゃって、あ!今の浄化で日本にある貴方の故郷の土は皆浄化しちゃいましたから、貴方が妄執に捕らわれる事はもう無いと思いますよ?」
「妄執に捕らわれることはない…ってそんな簡単に!あれが無いと俺はっ…!」
「眠れない?」

「………っ!!」

キョーコは久遠を見つめた。
次第に久遠の目の前で、幼女に見えていた彼女が二十歳のキョーコに姿を変える…

「大丈夫…怖がらなくていいわ。貴方の渇き、飢え…少しは治まっているでしょう?」

久遠は自分の胸に手を当てた。
…確かに、ここに入ってきて始めに感じた飢えは幾分和らいでいる。
でも…、でも…

「そう不安な顔をしないで?」

キョーコはそういうと、すっと右手を上げた。
ナイフで指先に静かに傷を付け、小さなクリスタルのワイングラスに自分の血液を垂らした。

「これを…」

差し出されたクリスタルには神の贄の血が香っていた。
欲しいと…喉から手が出るほどに欲しいと、欲望が沸々と湧き上がる。

「いやだわ、神様にも見放されちゃった贄の巫女の血がそんなに欲しかったの?」

コクリ…と喉が鳴った。

「欲しい…ずっとこれが、欲しかった…」
「そうなの?はい、飲んでいいってば!幸い神様は自分自身で傷つける程度、これくらいなら許してくださるみたいなの。」
そう言って手をひらひらさせるキョーコの指先は…もう傷が閉じかけている。

蓮は一口、躊躇いながらその薫る血を口にした。

その瞬間に言いようの無い幸福感が湧き上がるのが分かった。
己の犯した罪と罪悪感、飢えや渇きも、一族の長であるという重圧も…何もかもが鱗のように剥がれ落ちていく感覚…

急に目の前の光が弾け、生きる力が湧き上がって来る。

「…ど?何か変化があった?」

ひょっこりと覗き込んだキョーコの心配そうな顔を見て、久遠は困ったような顔をした。

「…………凄く…清々しい気持ちではある…けど、惜しい気がする」
「え…!?何で?」
「う~ん…何だろう?いい気持ち…ってこう言うのを言うんだ?だけど…なんだか欲望がもったいない気がして…」

「はぁ?何よそれ!確かにヴァンパイアのあなたは、基本香る血への欲望は強い筈ですけど、あなたの性質から言ったら、別に血を食さなくても生きていけると思うのに。」

「そうなの?俺、血を飲まなくてもいい性質だったの?」

キョーコはクスリと笑った。

「そうね。貴方の一族はそろそろ人と交わっていく途中だったみたいよ?そして私と出会った。うん…間違いなく貴方の中のヴァンパイアの…一族の血への妄執は薄れていくでしょうね。いいことか悪い事かは別として。」




(終章へ)
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キョコさんすごい!!

600年前から腰にあったあの影を消してくれたのですね〜!

一族の妄執。数千年分はあったのでしょうか。
そこから解き放たれ、己のヴァンパイアとしての性質が変化を迎えるなら、それは神の贄の敵というカテゴリーからも外れることができるのでしょうかね。

続きも楽しみです!

それにしても、このややこしい設定のお話を後2話でまとめるなんて、かばぷーさん、凄いです!

Re: キョコさんすごい!!

> まじーんさま

変化!!まさにそうなんです。
既に見破られている感が満載です。(きゃ!恥ずかしい)
凄いんですよ、巫女キョコさん。
飄々として世を渡ってきた600歳のお姐さんなんです。
幸せになって欲しいのね。
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